依存症と刑事責任

薬物依存症者は完全な自動機械ではないが、脳の変容・認知リソースの枯渇により選択能力は著しく制約されている。「原因において自由な行為」の法理で全責任を問うことは理論的に無理がある。厳罰化は抑止効果がなく、依存症を悪化させるだけである。解決策は刑事罰ではなく、公衆衛生の問題として社会全体で治療・回復支援を行うことにある。
園田寿 2026.03.02
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目次

  • 出発点

  • 依存症者は「自動機械」ではない―しかし、「自由」でもない

  • 「病気」か「選択」かの二項対立を超えて

  • では、刑法はどのように責任を減じるべきか

  • 原因において自由な行為の理論とその限界

  • しかし、「罰することで治せる」という幻想

  • 最後に―刑法と人間の複雑さ

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