みんなが薬物について聞きたくないこと

「聞きたくないこと」を聞きたがる人はいない
薬物政策を巡る議論において本質的な壁となっているのは、対象となる薬物そのものの薬理学的特性ではなく、一般の市民や政治家が、薬物に関する明白な科学的エビデンスを直視しようとしないという、あえて言えば「認知の歪み」である 。自分が聞きたくないことを、聞きたがる人はいない。つまり、薬物問題に対する社会の反応は、極めて感情的かつ非合理的なものとなっているのである。約1世紀にわたる「薬物戦争」や禁止主義的なプロパガンダ(「ダメ。ゼッタイ。」など)により、社会には強固なイデオロギーと道徳的偏見が根付いており、これらが科学的知見に基づく冷静な議論を阻害している 。
薬物を常用する圧倒的多数は普通の人である
まず直視すべき第一の事実は、違法薬物使用者の大多数は病的な依存症者ではなく、社会で普通に暮らす「普通の人々」ではないかということである。メディアや政治的キャンペーンは、薬物使用者を「道徳的に欠陥のある依存症者」や「社会の底辺に生きる犯罪者」としてステレオタイプ化することを好むが、国連の推計によれば、世界で違法薬物を使用している人々のうち、依存症等の「問題のある使用」を経験しているのはわずか10%から14%程度に過ぎない[*]。つまり、違法薬物使用者の80%以上は、自己コントロールを失うことなく、レクリエーションとして非依存的に薬物を使用し、社会貢献や納税もし、家族を養い、社会のあらゆる階層で正常に日々を過ごしているのである 。薬物依存症に陥る少数の人びとについても、その原因は薬物そのものの化学的な魔力や道徳心の欠如にあるのではなく、小児期の虐待、トラウマ、貧困、社会的孤立といった「深刻な生きづらさ」を抱えていることであり、その苦痛から逃れるための自己治療として薬物を必要としているケースがほとんどだと思われる 。
[*]『World Drug Report 2023』は、2021年の推計として、過去1年間に薬物を使用した人は約2億9600万人に達したとする一方で、薬物使用障害に苦しんでいる人は推計3950万人(全体の約13.3%)であるとしている(12頁以下、特に22頁参照)。また、そのうち治療を受けたのは5人に1人だった(22頁)。
アルコールやタバコの害の方が深刻
次に、社会が最も認めたがらない事実は、現在合法とされているアルコールやタバコの方が、大麻やLSDといった多くの違法薬物よりも、個人の健康や社会に対する総合的な害(危険性)がはるかに大きいという科学的評価である 。アルコールは毎年世界で約300万人の命を奪う要因となっており、暴力や事故、家庭崩壊の主要な原因であるにもかかわらず、文化的な偏見によって「薬物」という烙印を免れている 。要するに、ある物質が「合法か違法か」という境界線は、薬理学的な有害性に基づくものではなく、歴史的な偶然や政治的・産業的な影響力によって引かれた恣意的なものに過ぎないのである。
薬物禁止政策は歴史的には国民の健康保護のためではなかった
さらに、薬物禁止政策の歴史的な起源を紐解けば、それが国民の健康保護を目的としたものではなく、特定の人種や階層を弾圧・統制するための政治的ツールとして機能してきたことが分かる。アメリカの薬物戦争を本格化させたニクソン政権の補佐官、ジョン・エールリヒマンは、政権は反戦左翼(ヒッピー)と黒人という「2つの敵」を合法的に弾圧するため、彼らを薬物と結びつけて重罪化することでコミュニティを破壊したと証言している。この制度的レイシズムの事実は、法執行機関が薬物使用者という「分かりやすいスケープゴート」を利用することで組織的・経済的利益を確保し続けてきた現状を如実に物語っている 。
「薬物戦争」という言葉じたいが被害を増幅させている
最後に、「薬物戦争」という厳罰主義的なアプローチそのものが、実は薬物による被害を何倍にも増幅させているのである。禁止政策は需要を消し去ることはできず、暴力的なブラックマーケットを生み出し、品質管理を不能にすることで、実際には致死性の高い不純物の混入を招き、過剰摂取による死者を激増させている 。また、使用者を犯罪者として扱い、スティグマを植え付けることは、彼らを医療や支援から遠ざけ、感染症の蔓延や孤独死を助長し、さらなる社会的不利益をもたらしている 。
薬物善悪二元論は破綻している
精神に作用する物質を摂取し、意識を変容させようとする衝動は人類の歴史上普遍的なものであり、刑罰によってこれを消し去ろうとする試みは、人間の本性に反する幻想である 。
要するに、社会が薬物について「聞きたくないこと」は、長年信じ込まされてきた「薬物=悪、禁止と処罰=善」という善悪二元論が、科学的にも社会的にも完全に破綻しているという事実である 。刑事司法機関にとって、この二元論は維持し続けたい物語であるかもしれないが、現状の政策は人権と公衆衛生の観点から見て極めて有害だという事実を直視すべきである。薬物による真の被害を最小化するためには、この不都合な真実から目を背けることをやめ、道徳的非難や刑事司法の領域から、公衆衛生と人権に基づいたアプローチへと発想の転換を図ることが、唯一の合理的帰結なのである 。(了)
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