「麻」と「痲」:言葉の統合が招いた混迷

戦後の国語改革によって「痲」が「麻」へ表記統合されたが、これによって農産物を意味する「麻」(あさ)と生理的な「痲」(しびれ)の概念的混同が生じ、大麻を「麻薬」の典型とする法的な評価が固まった 。この科学的根拠を欠く言語的象徴性が、現在の厳罰化(大麻使用罪)や硬直した規制の論理的支柱となっている 。制度的混迷を脱するために、中立的な「カンナビス」への呼称変更とカテゴリー再編が不可欠である 。
園田寿 2026.01.12
誰でも

はじめに

日本語における「大麻」という言葉は、多層的な意味を持つ特異な概念である。それは、たとえば伊勢神宮の御札(神宮大麻)や伝統的な繊維産業を指す一方で、「違法な薬物」の代名詞としてすでに社会に定着している。

この意味的に相反する多重性は、近代日本における法制度の整備、条約、そして戦後の国語改革に伴う「文字の簡略化」が複雑に絡み合った結果である。特に、本来「しびれ」を意味する「」の字が、植物を指す「」へと統合された事実は、わが国の薬物政策において決定的な意味を持った。それは、科学的・薬理学的実態を度外視した評価概念としての薬物観を、国民に内面化させる要因となったのである。

本稿では、この表記の変容がいかにして概念の混乱を招き、現代に至る「絶対的禁止主義」の基礎を築いたのかを考察する。また、こうした混同を解消するための第一歩として、今後は「大麻草」という植物としての対象を中立的な「カンナビス」(Cannabis)と表記することを提案したい。

1. 語源的断絶と本来の使い分け

薬理的な文脈における「まやく」は、古代ギリシャ語の「narke」(麻痺、しびれ、硬直)を語源とする「Narcotic」の訳語である。「まやく」の表記について、明治期から戦前にかけての日本語表記では、病気を意味する「疒(やまいだれ)」に属する「痲」の字を用い、「痲薬」あるいは「痲酔」と記述されていた。この「痲」という文字は、アヘンやモルヒネのように脳に作用し、感覚を鈍化させる「しびれ薬」という物質の本質を正確に表現するものであった。

これに対して、植物を指す「麻」は、屋根(「广」=まだれ)の下でアサの茎から繊維を取り出す様を表す文字であり、本来は薬理作用とは無関係な「農産物(農作業)」を意味する文字であった。このように、文字の構造自体が「医療・生理的現象」と「農業・産業資源」という明確な領域の違いを示していたのである。

ただし、戦前に「痲」と「麻」の二文字が厳密に区別されていたかといえば、必ずしもそうではなかった。

2. 戦前における混同の実態と背景

わが国で「麻薬」という用語が法令上初めて採用されたのは、1930年(昭和5年)の内務省令「麻薬取締規則」であるが、この時点で、すでに現在と同じ「麻」の字が使用されていた。その理由としては、当時の公文書における表記のゆらぎが関係していると思われる。戦前の官報では「麻薬」という表記が一般化しつつあった一方で、当時の台湾総督府が発行した文書では「痲薬」と表記されるなど、行政組織や地域によって表記に差が存在していた。

また、当時の辞書や事典においても、国際的な規制法が成立する以前は「痲薬=しびれ薬」と定義されながらも、「麻薬」と「痲薬」の両方が併記されたり、本来「痲れる」と書くべきところに「麻れる」という字が当てられたりする例が見られた。字形が似ており、発音が同一(音読みで「マ」)である「麻・痲・痳」の3文字は、手書き文書や音への当て字として、戦前からすでに混用されやすかったと言える。

さらに、1930年の取締規則において「麻」が選ばれた背景には、規制対象であった「印度大麻草(Cannabis indica)」の名称自体に「麻」の字が含まれていたこともある。当時の政府は、輸入される「印度大麻」を医療用麻薬として管理する一方で、国内の在来種をそれとは別種の「有用な農作物」として明確に区別する二元論的な管理を行っていたのである。

3. 戦後の国語改革による制度的統合

戦前から見られたこのような「混同」あるいは「表記のゆらぎ」は、戦後の国語改革によって国策として「麻」に統一されることとなった。

1946年の「当用漢字表」告示に続く流れの中で、1949年には「痲」が常用漢字から外された。その際、発音が同じで字形が似ているという便宜的な理由から、植物を指す「麻」が代用されることとなったのである。

しかし、この「痲」から「麻」への制度的統合は、国民の意識における「大麻(植物)」と「麻薬(統制物質)」の境界線を言語的に消滅させることになった。この表記変更により、薬理学的には「しびれ」作用(麻痺)とは無関係な「カンナビス」が、文字の上で「麻薬(痲薬)」の典型であるかのような社会的な共通認識が定着していったのである。

4. 占領政策と大麻取締法の誕生

終戦直後の1945年、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による覚書が発せられたことで、わが国の薬物政策は劇的な転換を強いられる。GHQは、当時のアメリカにおける人種差別的偏見に基づいた大麻のイメージ―大麻はマイノリティを狂気に走らせる「殺人草」である―を日本に持ち込み、在来種を含む栽培・所持の全面禁止を命じた。

政府とGHQの折衝の結果、1948年に制定された「大麻取締法」は、大麻草を医療・厚生の枠組みから切り離し、農家を管理するための法律として成立した。この「分離」こそが、その後の政策的混乱を固定化させた。本来であれば植物の薬理作用に基づいて評価されるべきものが、日本では「繊維や種子の採取」という農業目的に限定してのみ例外的に許容される「禁制の植物」へと変質したのである。

5. 言葉の混同と「麻薬神話」の形成

国家による表記の統合がもたらした影響は、単なる文字の問題に留まらず、深刻な認識的混乱を引き起こした。

第一に、言葉の混同によるタブー視の助長である。(今では事実ではなかったとされているが)かつて大麻草の刈り取りの過程で微量の成分を吸い込み、気分が変化する現象(「麻酔(あさよ)い」)が、表記の同一化によって医学的な「痲酔(ますい)」と混同されるようになった。この言語的混乱は、大麻草を「善良な社会を破壊する恐ろしい魔薬」として捉える道徳的な評価を助長した。

第二に、「麻薬」概念の膨張である。「痲(しびれ)」という語源的な制約を失った「麻薬」という言葉は、物質の科学的特性を指す名称から、社会的に「悪い薬物」あるいは「禁圧すべき薬物」を指す「評価的な概念」へと変質した。これにより、LSDや危険ドラッグなど、本来の「痲薬」とは無関係な物質までもが「麻薬」という包括的な言葉の下に集約されることとなった。

そもそも法律の世界には、「麻薬」についての確たる定義は存在しない。麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)第2条第1号は、麻薬を「麻薬 別表第一に掲げる物及び大麻をいう。」と定義しており、これ以上でもこれ以下でもない。法律の中には、条文で明確な定義がなされていない概念も多い。たとえば、「わいせつ」という概念もそうであるが、これについては判例の中で、「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」(最高裁昭和26年5月10日判決)という定義がなされている。しかし、「麻薬」に関してはそのような判例の定義すらない。要するに、国会の議決を経ることのない省令(法律や政令の規定に基づいて、各省庁の長官=大臣が制定する命令)で、麻向法の「別表1」に規定さえすれば、それが「麻薬」になるのである。

第三に、「麻薬」という言葉に強力な社会的スティグマが付与された。たとえば、戦後の覚醒剤禍において、政府やメディアは「覚醒剤は外部から持ち込まれた毒である」という言説を強調した。これにより、「麻薬(痲薬)」は「善良な日本社会を外部から破壊する敵」という象徴性を獲得した。わが国も加盟している1961年の「麻薬に関する単一条約」は薬物依存を「重大な悪(evil)」と感情的な言葉で断じているが、日本の「麻」の表記変更が重なったことで、大麻草には「ゲートウェイ・ドラッグ(薬物への入り口)」という強力な社会的スティグマが付与され、科学的な検証を拒絶される対象となったのである。

6. 現代における政策的転換の障壁

現代の日本における薬物政策の硬直化には、この歴史的な言語的経緯が深く影響していると思われる。2023年の大麻取締法および麻向法の改正における「大麻使用(施用)罪」の創設に象徴される厳罰化の根底には、大麻が麻向法の規制対象とされたことで、再び「麻薬」と「大麻」の言語的な接合が作用している。

もともと大麻取締法に使用罪が存在しなかったのは、戦後の法制定時において、日本側が「麻(アサ)」と「麻(痲)薬」の混同に当惑し、農作物としての保護を優先した政府とGHQとの妥協の結果であった。そこには、大麻取締法の母法となったと思われる1937年の「マリファナ税法」(Marihuana Tax Act of 1937)の存在も大きい。

しかし、文字の統合によって生み出された「麻薬神話」が法的に裏付けられたことで、科学的根拠よりも道徳的評価が優先される現在の政策状況が作り出されたと考えられる。

対照的に、アメリカでは今歴史的な政策転換が起きている。トランプ大統領は2025年12月に、大麻の法的地位を規制物質法(CSA)上の「スケジュールⅠ」から「スケジュールⅢ」へと緩和する大統領令に署名した。これは、大麻に「医療的価値」を認め、「危険な薬物」から、ケタミンやコデインなどと同様の「管理された医薬品」として扱うことを意味する。スケジュールⅢへの移行は、医療研究を劇的に容易にし、懲罰的な税制(IRS 280E条)からの脱却を可能にする経済的合理性にも基づいている。

これに対し、日本は2024年12月施行の大麻取締法および麻向法の改正で大麻を麻向法の中に組み込み、従来存在しなかった大麻使用に対して「使用(施用)罪」を適用し、最高7年の拘禁刑という厳しい刑事罰で臨むこととした。これはアメリカの連邦法上の罰則(初犯で最高1年の自由刑)と比べても極めて重く、欧米における大麻規制緩和の前に、国際的な科学的検証の流れから孤立を招く恐れがある。

7. 結論:カテゴリーの再編と「カンナビス」という呼び名の提案

日本語における「麻」の表記変容は、わが国の薬物政策を、科学的記述から道徳的・政治的評価へと決定的にシフトさせた。この文字の混同がもたらした認識的混乱こそが、現在の硬直化した政策の最大のボトルネックとなっている。

今後の合理的な薬物政策転換のためには、まず、この「評価的カテゴリーとしての麻薬」概念を解体し、薬理学的な実態に基づくカテゴリー化と言語的再定義が必要である。その具体的な手段として、今後この植物および物質を指す際に、中立的な呼称である「カンナビス」(Cannabis)という表記を採用することを提案したい。

「カンナビス」という学名に基づく呼称を用いることには、次の三つの意義がある。第一に、農産物としての「麻」という伝統的文脈を「痲(しびれ)」の文脈から切り離し、不当なスティグマから解放する。第二に、語源的に「しびれ」を意味しないこの物質を、誤った「麻(痲)薬」という枠組みから取り出し、科学的・医療的な現実の俎上に載せることができる。第三に、「麻薬=絶対悪」という道徳的な「麻薬神話」の言語的呪縛を解き、国際的に共通の科学言語での対話を可能とすることができる。

1949年の国語の簡略化によって覆い隠されてしまった「痲(しびれ)」の本質を再発見し、植物としての「カンナビス」を伝統・文化・資源、そして医療という本来の文脈へと回帰させること。それが、単なる断罪ではなく、科学的理解に基づいた個人の尊厳を尊重する新しい薬物政策へと転換するための不可欠な前提条件だと思うのである。(了)

主要参考文献

  • 長吉秀夫 『あたらしい大麻入門』 (2025)

  • 松本俊彦・新見正則 『大麻の新常識』 (2024)

  • 山本奈生 『大麻の社会学』 (2021)

  • ヨハン・ハリ(福井昌子訳)『麻薬と人間 100年の物語』 (2021)

  • 阿部和穂 『大麻大全』 (2018) / 『〈増補版〉危険ドラッグ大全』 (2021)

  • 船山信次 『〈麻薬〉のすべて』 (2011) / 『毒と薬の世界史』 (2008)

  • 佐藤哲彦・清野栄一・吉永嘉明 『麻薬とは何か―「禁断の果実」五千年史』 (2009)

  • 佐藤哲彦 『覚醒剤の社会史―ドラッグ・ディスコース・統治技術』 (2006)

拙稿

無料で「心の刑法学―依存を考える―」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

誰でも
大大阪時代を再構築した「100年前のカジノ」を
誰でも
現代社会におけるギャンブルの問題性
誰でも
薬物で精神を変容させること
サポートメンバー限定
覚醒剤取締法と麻向法で「使用」と「施用」の意味がまったく異なる点につい...
サポートメンバー限定
ベネズエラ侵攻とポッセ・コミタトゥス法―アメリカの薬物政策における軍の...
サポートメンバー限定
アヘン戦争とその後―薬物懲罰主義の源流―
サポートメンバー限定
「商品としての薬物」から「禁圧すべき悪」への変質
誰でも
アメリカ薬物政策の歴史的転換―大麻が「危険な薬物」から「管理された医薬...