なすべきは罪科の解体

国際社会においては刑事罰による抑圧の限界と人権侵害への反省から、ハームリダクションや脱犯罪化へのパラダイムシフトが模索されている。われわれが自明として疑わない現行の厳罰主義体制は、近代国家の治安形成史が遺した歴史的構築物にほかならないのである。
園田寿 2026.11.07
誰でも

―目次―

  • はじめに

  • 明治の国家的防衛から昭和の「麻薬」概念創出へ

  • 戦後ヒロポン禍と「絶対禁止主義」の成立

  • 国際条約体制の完成と「薬物戦争」

  • 結び:歴史的構築物としての刑罰体系とその限界

1.はじめに

現代社会では、精神作用物質の不法所持や自己使用は、当然のように「犯罪」として認識されている。違反者を刑事法廷で裁き、拘禁施設へ隔離する刑事司法の方向性は、市民社会にとって自明の防衛行為とみなされてきた。

しかし、精神作用物質の摂取という行為そのものが、人類史において常に刑事罰の対象であったわけではない。世界的に見れば、19世紀半ばに至るまで、アヘン、コカイン、大麻などは世界の自由市場において取引される商品、あるいは民俗的慣習や医療ケアにおける緩和手段として広く流通していた。製造や取引に対する包括的な刑罰規定は事実上存在せず、過剰摂取や依存も、医学的な病理状態という認識はあったものの、個人的な道徳的過ちのレベルで議論されていたのである。

では、薬物は一体「いつから」、そして「いかなるメカニズムによって」、道徳や公衆衛生の領域を飛び越え、国家の刑罰権が介入する「犯罪問題」へと再定義されたのか。

本稿では、とくに明治維新以降の日本における法制史的な展開の中で、薬物問題が「犯罪」として捉えられていった歴史的なプロセスをふり返りたいと思う。

2.明治の国家的防衛から昭和の「麻薬」概念創出へ

日本における薬物規制の出発点は、外圧に対する防衛という地政学的な危機感であった。

1840年の阿片戦争において清朝がイギリスに屈服したが、それは幕末から明治初期の日本指導層に「阿片亡国」という強烈なトラウマを植え付けた。新生明治政府は1868年(明治元年)に吸引阿片の禁止令(阿片烟ヲ禁シ府藩県高札ニ掲示セシム)(太政官布告第319号)を発し、日本で初めてアヘン(阿片)の吸引を全面的に禁止した。その後、1880(明治13)年の旧刑法第2編第5章第1節には「阿片烟ニ関スル罪」が盛り込まれた(これらの内容は、明治40年制定の現行刑法第2編第14章阿片煙ニ関スル罪に受け継がれた)。注目すべきは、製造・輸入・販売のみならず、自ら吸引する行為(吸食)や器具の所持に至るまで、徒刑(とけい=かつての懲役)という過酷な刑罰を科した点である。阿片は個人の健康問題ではなく、国家の独立と公序良俗を侵食する「治安に対する重大な反逆」として、近代日本刑法の黎明期において最初から重罪として組み込まれたのであった。

明治期におけるこの防衛的ともいえる阿片規制は、昭和初期においてより包括的・網羅的な管理網へと再編される。1930(昭和5)年、内務省はジュネーヴの第二次国際阿片条約批准に伴い「麻薬取締規則」を制定した。この法制化により、古来の「痲(しびれ)薬」という医療的語彙は、薬物統制上の行政的概念である「麻薬」へと変更されたのであった。

ここで特筆すべきは、鎮静作用を持つアヘン誘導体のみならず、中枢神経興奮作用を有するコカインや、意識変容作用をもたらす印度大麻草(インド大麻)が一括して同一の「麻薬」カテゴリーに編入されたことである。各物質の薬理学的差異や社会的文脈は捨象され、「行政の許可なく関与してはならない違法管理物質」という共通項のもとに束ねられ、ここに「法規上の指定物質に触れること=犯罪」という行政主導の犯罪化の仕組みが完成したのである。

3.戦後ヒロポン禍と「絶対禁止主義」の成立

日本の薬物政策において、「薬物使用者=社会から隔離・排除されるべき犯罪者」という国民的通念が決定的に定着したのは、第二次世界大戦後の「ヒロポン禍」と覚せい剤取締法体制の成立を通じてであった。

戦前および戦時中、メタンフェタミン(覚醒剤)は「ヒロポン」等の商品名で大手の製薬会社から合法的に販売され、軍隊の夜間哨戒や軍需工場の労働者に対して、疲労回復と士気高揚を促す「国策物資」として推奨されていた。しかし敗戦の混乱期、軍の備蓄物資が民間に大量流出すると、都市部を中心に覚醒剤の爆発的な乱用が広がり、依存者は数十万人規模に達した。

政府はこの事態に対し、1951(昭和26)年に「覚せい剤取締法」を制定、さらに乱用が沈静化しなかったことを受けて1954(昭和29)年に大規模な法改正を断行した。最高刑を懲役15年へと大幅に引き上げるとともに、依存者を「自傷他害のおそれがある」として精神衛生法に基づく措置入院として強制収容する、警察主導の徹底的な検挙・隔離体制が構築された。

つまり、かつて国家が国策として推奨した疲労回復剤の利用者は、「社会防衛のために処罰・遮断されるべき不道徳な逸脱者」へと転換させられたのであった。それは、1948(昭和23)年のGHQ指令による大麻取締法制定によって、伝統的な繊維農作物であった大麻草が「悪魔の麻薬」として厳罰対象に組み入れられていった過程とまったく同一である。

警察権力による徹底的な一斉検挙によりヒロポン禍は短期間で沈静化したが、薬禍を力で抑えつけたこの経験は、日本社会に「過酷な刑事罰と社会的排除こそが薬物を根絶する」という強固な「成功神話(絶対禁止主義)」を刷り込む契機となったのであった。

しかし、刑罰を中心とした「刑事司法モデル」による制圧は、即効的な鎮静をもたらした一方で、次のような重大な構造的弊害を残したのであった。

  • 薬物市場の地下経済化と組織犯罪化
    重罰化によって供給ルートが完全に暴力団等によって支配・管理される地下経済へと潜行し、後の第二期・第三期乱用期における資金源となることを固定化した。

  • 使用者の不可視化と社会的排除
    単純使用者の犯罪者化(スティグマ化)によって、使用者が自発的に医療や相談機関にアクセスすることを著しく困難にした。

  • 強制隔離型精神医療への転嫁
    覚醒剤依存者を「自傷他害のおそれ」を理由として措置入院させる強制収容体制が敷かれ、権利擁護と医療的回復の契機が決定的に奪われた。

4.国際条約体制の完成と「薬物戦争」

国内の薬物犯罪化の歩みは、20世紀後半における国際秩序の枠組みと完全に同調する。

1909年の上海万国阿片委員会および1912年のハーグ国際阿片条約以降、アメリカ主導の外交戦略は、国際市場における多国間条約を通じて各国の国内刑事法を拘束する枠組みを形成していった。1930年代のハリー・アンスリンガー(Harry Anslinger)率いる連邦麻薬局(FBN)のロビー活動や1937年マリファナ税法制定を経て、1961年には国連において「麻薬単一条約(Single Convention on Narcotic Drugs)」が成立する。同条約は、医療および学術目的を除く精神作用物質の製造・流通・使用を世界規模で刑罰化することを締約国に義務づけた。日本ももちろんこれに加盟した。

そして1971年、リチャード・ニクソン米大統領が宣言した「薬物戦争」により、薬物は「公共の敵ナンバー・ワン」として軍事行動や司法制裁の最前線に位置づけられた。ここにおいて、精神作用物質の乱用は公衆衛生の次元から一段拡張され、警察力と国内外における軍事力(安全保障)の拡大を正当化する国内法的な、そして国際法的な「究極の犯罪問題」として完成したのである。

5.結び:歴史的構築物としての刑罰体系とその限界

「犯罪問題」としての薬物は、19世紀末から20世紀初頭にかけて芽生え、第二次世界大戦後から1970年代にかけて制度的に完成した。重要なのは、ある物質に「犯罪」の刻印を押す根拠が、その物質固有の薬理学的毒性や致死性による客観的性質ではなかった点である。アメリカにおいては人種・移民排斥と連邦警察機構の権力拡張が、日本においては明治初期の地政学的危機感と戦後混乱期における社会防衛的成功体験が、それぞれ特定の物質を「悪」として選定し、刑事罰の標的へと仕立て上げた。かつて合法的に流通していた医薬品や軍需物資が、政治的な要請によって犯罪物質へと読み替えられていったという事実は、薬物問題が国家によって事後的に構築された法制度的な産物であることを物語っているのである。(了)

【主要参考文献】

  • 和田清「『臺灣ニ於ケル阿片』が今日のわれわれに教えてくれるもの」(2025年)

  • 眞鍋仁美「岐路に立つ日本の薬物政策――厳罰主義からの転換はあるのか」『城西現代政策研究』第15巻第1号、15–30頁(2021)。

  • 西川伸一「覚せい剤取締法制定(1951)以降の覚せい剤取締りをめぐる立法過程の実証研究」『明治大学社会科学研究所紀要』第59巻第2号、1–28頁(2021)。

  • 熊野直樹「近代日本の阿片政策史研究の現状と課題」『九大法政研究』第85巻第3・4号(2019)

  • 松本俊彦『薬物依存症』ちくま新書(2018)。

  • 佐藤哲彦『ドラッグの社会学』世界思想社(2008)。

  • コートライト,デイヴィッド・T『ドラッグは世界をいかに変えたか――依存性物質の社会史』(小川昭子訳)春秋社(2003)。

  • 江口圭一『日中アヘン戦争』岩波書店(1988)。

  • 香城敏麿「あへん法」平野龍一ほか編『注解特別刑法 医事・薬事編(2)[第2版]』青林書院(1992)。

  • 千葉裕「麻薬及び向精神薬取締法」平野龍一ほか編『注解特別刑法 医事・薬事編(1)[第2版]』青林書院(1992)。

【拙稿】

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